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09.23
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友達とメッセンジャーで妄想してたら急に書きたくなったので書いた文章。
長いので、つづくに仕舞い込みます。

因みに以下どうでもいい情報

 客人:26歳半
 少女:6歳半

 





一、

暗雲立ち込める夏。
候爵の称号をもつダヌンツィオの別宅が客人を迎え入れる準備をはじめたのは、前日の朝からであった。
その日に入った当主からの伝達によればその客人は今までにダヌンツィオに関わりを持たない商人の類であり、今後の付き合いを考えている為に今回の対応は常日頃よりも一段上のものを用意しろとのことであった。
余りにも突然な言伝に慌ただしく前日の準備を終えた使用人たちは来る当主と客人を各々の仕事をしながら待つ。その表情には何処か楽しげな表情を浮かべていた。
その表情の理由はここ数年、この別宅が使用されることは殆どなかったことが大きかった。何故そのような状態であるかといえば、客人を持て成すには首都の本宅からは離れすぎていることも上げられるが、相次ぐ血縁者の不幸な事件や事故に当主をはじめ皆が心を痛めているせいではないか、というのが別宅で暇を持て余した使用人の間でまことしやかに囁き合わされていた。どちらにしても、別宅にダヌンツィオの人間が訪れるのはとても久しいことであり、目的をもたない毎日を繰り返していた使用人達にとってこの日は待ち望んでいた日とも言える。

時刻が昼に近付く頃、つまりは当初の予定から大分時間が経った頃、二階の窓から外を眺めていた使用人の一人が馬車だ、と騒いだ。別宅の中では一番目が良い彼の言葉に暇を持て余していた数人が窓に近付いて何処だ何処だ、と騒ぐ。暫くは最初に声を上げた人間以外は馬車の姿を発見することができなかった。しかし、時間を置いてから、まるで歓声でもあげるように次々と声が発せられる。
なだれ込むように一階に続く階段の淵へと使用人達は集まると下を覗き込む。入口には別宅の使用人達を纏める役を担っている数人が出迎えるために佇み、内の一人が扉を開けた。湿った風が室内へと入り込んだ。
遠くから乾いた地面を削るような勢いでガラガラという音が響き、それが徐々に近付いてくることが階段の上からもわかる。その音は徐々に勢いを落としてやがて静かになる。カツカツ、と蹄の音が数度して其れに混ざるように軋むような音がした。
二階の使用人たちは身を乗り出すように覗くが外の景色が見える筈もない。

「おや…」

開いた扉から迎えに出た一人がそのような言葉を出す。その声は、外にある事柄が不思議である、と言いたげな音色をしていた。
二階の使用人達がお互い顔を見合わせる。そして、更に身を乗り出そうとして。

悲鳴。そして騒音。

何人かが階段を転がり落ち、何人かが重なりあう。大半が階段でもみくちゃになって、やがて団子の状態で落ち着いた。
あまりの物音に迎えに出た使用人が馬車の中の者達より先に玄関から入り込み、そして二階へとあがる階段の惨状を見止めて呆れたような顔をした。一歩横へとずれると入り口へと振り返る。
其処には普段別宅に存在しない三人の姿があった。

一人は、存在はしないが皆が顔を知っている存在。
ダヌンツィオ家現当主。
黒い帽子を被り、品の良いシャツとズボン、指に複数の指輪をはめ、宝石のついた杖を持った初老の男性だ。後ろに撫で付けられたやや長い金髪はよく見れば以前に来た時よりも白髪の数が増えているのが見てとれる。

一人は、皆が顔を知らない存在。
白い伸ばしっぱなしの髪と赤錆び色の瞳を持った小さな少女。髪と同色の白いワンピースを身に纏い、三人の中では一番涼しげな姿をしていた。

そして、もう一人は。
明らかにこの地方の人間ではない浅黒い肌に、癖のある栗色の髪、琥珀色の瞳を持った青年。独特な布を巻いたような恰好をした青年は片手で頭から解いたのであろうターバン用の布を弄んでいた。

当主は厳つく、少女は無表情に、青年は微笑を浮かべながら、その階段を見つめていた。
やがて、カツン、と床に靴の音を立たせながら、当主が一歩前へとでる。階段の使用人達は互いに助け起こし、当主の言葉を待つように静かになった。
静寂。当主の瞳は閉じられたまま、唇が開いた。

「……全く、相変らず此処は騒がしい事だ。
 しかし……悪くない、実に悪くない。皆、いま帰ったぞ。」

言い終えれば口端を上げた。
その声に表情に、使用人達は拍手と歓声で当主と、そして残りの二人を迎えるのであった。






二、

「では、食事にしよう。
 彼も慣れない馬車の旅で疲れているようだ。…嗚呼、そう、馬車と言えば…」

足を踏み出す当主に、使用人が一人仕える。帽子を受け取って話を聞く。
同じように少女に足を踏み出した使用人を視界の隅に留めた当主が思い出したように顔を向けた。

「嗚呼、忘れていた。
 その子はパートの一人だからお前達の手を煩わせる必要はない。
 客人、此方です。 38は最後についてきなさい。」

数字を当主が口にすると同時に、少女の体がびくんッ、と跳ねた。
恐る恐る顔を上げて当主の顔を見ると小さく頭を頷かせ、痩せた足を客人の後ろへと進める。そのまま、足元へと視線を落としてしまう。
あれだけ客人ではなく少女を興味深げに見ていた皆も、当主の言葉を聞けば皆一様に興味を失くしたように少女から客人へと視線を移した。
そして、その皆の様子に疑問を感じるのはその中では客人だけであった。
客人へ仕えようとした使用人の一人が、その問うような視線を感じれば「嗚呼…」と息を共に言葉を吐き出した。

「ダヌンツィオ家では、家に従事する者に階級が与えられます。
 一番上を従者、二番目を使用人、三番目を家具、四番目をパートと云います。」

「……随分変わった呼び名があるね。」

客人の唇から涼やかな声が漏れる。それは、誰にも不快感を与えないような、その温和な微笑を浮かべ人好きされる顔に似合う、それでも決して馴れ馴れしくない声であった。
異国の客人とだけあって、その声一つで使用人の女性陣は胸をときめかせたりもするのだが、それが階下まで届くことはなかった。

「一部を除き、侯爵になる前より在った呼び名であると伝え聞いております。
 家具、パートにつきましては数が多く、顔を把握していない場合が多いのです。
 その為、今回のように客人の一人であると間違われる場合もあるかとおもわれます。
 ………不快にさせてしまいましたでしょうか?」

使用人の返した言葉に、客人は暫し考えるように間を空けた。それから、頭を横へと振って不快でないことを示す。先にて待つ当主の後を追って客人が足を進めれば、後ろで軽い靴の音がした。その音は危うく、軽快な足取りとは言えない。
客人がちらり、と視線を向ければ赤錆色の二つの瞳が髪の間から琥珀色の瞳を見上げていた。視線と視線がぶつかれば少女は驚いた表情を浮かべて慌てて視線を外す。
それでも気にするように視線をチラチラと送る様子を琥珀色の瞳に写せば客人は緩く微笑みを乗せて少女を見つめた。
その視線は少女の顔を見るわけではなく全身を順に這わせる。上等だが令嬢が好んで着るようなお洒落心は欠片もない薄手のワンピースを身に纏う。そして、其処から出でた手や足は痩せて傷だらけである。

「……。」

何か考えるような仕草をしようとした客人は其処で動きを止める。
やがて向けていた視線は外された。足を踏み出す。もう一度振り返る事はなかった。






三、

昼食は滞りなく済んだ。
料理人が腕によりをかけた料理を客人は一部を除いて綺麗に平らげ、各々の国の情勢から先程客人が乗ってきていた馬車が壊れて自分達が通りかかって乗せてきたと言う笑い話、挙句は自身の趣味までに二人、話を咲かせる。しかし、どの話も然程確信に進むこともなく、談笑を交わしながらお互いの腹の探り合い程度で終わった。
昼食を終えるまでに、当主へと従者が歩み出て耳打ちをする以外には特に何も問題はなかった。つまり、その耳打ちによってこの二人の会話を中断せざるを得ない問題が起きたとことを当主は知り、問題を解決しなければいけない事を各々が理解した。

「申し訳ない、お話は本日の夜か…もしかしたら翌日に持ち越すかもしれない。」

「問題ありません。時間を取っていただいているのは此方ですし。
 俺は、後三日の間に済めば問題ないですよ。」

「助かるよ。尤も其方と話したかったのは此方もだからね。
 さて…、比較的近場の話ですので遅くとも明日までには戻れますので。
 もし何か起こりましたら必ず連絡します。
 ……それまでは此方でゆっくりとお寛ぎください。」

そう言って、当主は席を立った。
後に残ったのは客人と使用人が数人、そして窓際の席に座っている白髪の少女だけだった。
少女は当主の動きに己も腰をあげようとしたが、「今朝言ったとおりにおし」と一言告げられると困ったような表情を浮かべ、おずおずと、また席へと座り直す。
そこまで見れて当主は、客人へと頭を軽く下げて足早に扉を出た。
客人はその様子をぼんやりと眺め、そして片手にあったフォークを置いた。

「お飲み物は?」

「…いや、結構。とても美味しかった。」

「わかりました。そしてとても申し訳ありませんがお部屋の準備に手間取っております。
お部屋の用意が出来るまでお庭の方で寛いでいただいてもよろしいでしょうか?」

「構いません。それではいきましょう。」

そう言って席を立つ客人を少女はじ、と見つめていた。
見つめていたが、その後ろを追う事はしなかった。
見つめられていた客人のほうは少女に特に興味を持つような様子はなく、口元を拭うと使用人の先導を追って開いた扉へと進んだ。






四、

客人は庭に居た。
別宅ではあるがその庭は広く、手入れが行き届いており、陽を避けるように作られた休憩所も小まめに掃除をしてあるらしく綺麗なものだった。
案内された後、「それでは失礼します。」と頭を下げて使用人達が居なくなってしまったのでその場には客人しか居らず、客人は暇を持て余しながら庭を眺めていた。
机の上の冷えた飲み物の中の氷が溶けてカラリ、と音を立てるのを聞いて視線をそちらに落とした頃、ふ、と流れた風が栗色の癖のある髪を躍らせた。そして、その風が草を踏む音を届けた。

「……?」

使用人が戻ってきたのだろうか、と顔を上げると鮮やかな緑の中に白い存在があった。
客人が瞬きをする間に其れは足を進める。白い、というのは不適切だった。その長めの髪の存在感が大きいが、馬車の中で、入口で、そして昼食時にも存在していた少女であった。

「……何か用かい?」

少女が傍らまで近寄ってから、努めて柔らかい声を客人は発した。少女は開きかけた唇を止めて、赤錆色の瞳を真ん丸にして客人を見た。しかし、合っていた視線は直ぐに落ちて、その掌をぐ、と握り締める。

「………を、……」

ぽそり、と消え入りそうな声が落ちる。
聞き取れなかった声に客人の頭がわずかに傾くと、少女は顎をあげて、最初よりも少々はっきりした声で音を出す。

「お客人の相手を…、しなさいって……いわれました。」

今度は客人にぎりぎり届くぐらいの声で発された声に、客人は、口に出す事なく、成る程と胸のうちで呟く。

「…では、君がここにいるのはダヌンツィオ侯爵の命令なのかな。」

客人は、当たり前のことを確認するように問いかける。その意図を解することが出来ずに、少女の視線がのろのろと上がって客人を見た。

「……はい。」

やはり小さな声で返すが、今度は頭を縦に頷かせた。
白い髪が揺れて、すぐに落ち着く。

「…では、『何をしてくるように言われましたか』?」

「……?」

やはり意図が読めない様子で、ぐぐ、と少女の頭が傾ぐ。
ワンピースの裾を片手が握って、正しい答えを導きだそうと一生懸命に考える時間を使う。やがて、少女自身が満足していないのか、表情は晴れないが、そのまま唇を開いた。

「お客様がお望みの通りに対応しなさい、といわれました。」

少女が言葉を発し終えるのと、客人が、短い息を吐き出す音がするのとが、ほぼ同時であった。それは、溜息を吐いたのかもしれないし、笑ったのかもしれないし、どちらにせよその表情は微笑みが失せて、剣呑な瞳が少女を見ていた。

「どんなことでも?」

琥珀色の瞳を見る赤錆色が、やはり視線を外した。
じり、と思わず足を後ろに退かけて、堪えるように足を止めた。

「…はい。」

視線を合わせられないまま、肯定の言葉を返す。震える手を握り合わせて、ぎゅ、と瞳を閉じる。その様子を眺めていた客人は、ゆっくりと立ちあがると足を進める。休憩所の石を踏み進んで、草の箇所へと更に足を踏み入れる。少女の傍らまでゆっくりと近づくと、

「俺より長く生きなさい」

そ、と少女に落とした声は感情が篭らない。そのまま、固まった少女の白い髪へと掌を伸ばし、軽く撫でた。指に絡まる髪を梳かしながら傍らを通りぬける。視線の先には此方を窺う使用人。そのまま、客人は使用人のほうへと足を進めて行った。

「………。」

ぎゅ、と閉じていた瞳を開けた少女は、のろのろ、と顔をあげた。そして、ゆっくりと振り返った頃には客人の姿はなく、ぽつん、と少女が一人残った。


「………。」

ざわざわ、と庭の木々が強くなってきた風にざわめく。顔を上へと向けて、赤錆色が曇天の空を見上げれば、その頬にぽつり、と水滴が落ちた。






五、

当主は夕食の時間になっても戻らなかった。
外は酷い雨なので、そのせいで遅れているかもしれない、との事であった。
ぎりぎりまで待ってみたが、結局客人は一人で夕食をとることになり、大変美味な料理を適当に楽しんだ後、疲れたから、という事を理由に部屋へと引っ込んだ。
別に居心地が悪いと思っているわけではないし、疲れをそれほど感じて居るわけではない。馬車の旅には程好く慣れているし、自分が乗っていた馬車が壊れたのは、最初から決めていたことだった。
硝子を強く叩く雨音を聞きながら、ぼんやりとベッドに腰掛けていると、コンコンと扉がノックされる。恐らく使用人が気を利かせて飲み物でももってきたのだろう。

「どうぞ。」

軽い声をかけると、扉がゆっくりと開く。眺めていた琥珀の瞳が一度瞬いて、自分が置いていた場所から視線を下へとずらした。そして、白い髪を見つけた。

「………。」

「………。」

お互いに黙った時間があれば、外の雨が変わりに大声を立てる。
少女はそっと室内へと入り込み後ろ手に扉を閉じた。
そこからやはり長い沈黙があって、やがてお互いが唇を開ける

「何をしにきたんだい?」

「何かすることはありませんか…?」

重なって、そしてお互い黙り込んでしまう。
相手が答えるのをまつように、また雨の音を聞く羽目になる。
少女は、己の手を前で組み合わせた格好で佇み、客人はそんな少女の様子を眺めていた。

「……どんなことでも、だったね。」

先に口を開けたのは客人のほうだった。庭での会話を思い出しながら、確認をするように少女へと問いかけた。問いかけに少女が縦に頷いて肯定を示すと、客人は少女の方へと掌を伸ばす。

「おいで。」

伸ばされた手を赤錆色の瞳が見つめた。二度、瞬きをする時間を置いてから靴が絨毯を踏む。その手をとるように自分の手を伸ばせば、自ら触れる前に腕を取られた。強い力で腕を引かれ思わずその場に留まろうと抗うが、大人の男の力と、子供の女の力では差は歴然であり、少女の体はベッドへと投げ出された。
慌てて起きようとする上体を、胸元を、客人の手で押さえられて、仰向けのまま留まらされる。赤錆色の瞳が自分の体を押さえる手から腕、そして体を伝って顔を見る。自分の上に在る存在を見止めて、息を一つ吐き出した。

「……反抗はまだできるのか。」

独り言のように客人の唇からは言葉がこぼれる。琥珀色の瞳は特に興味を持った様子もなく淡白に少女を見下ろしていた。押さえつけるのとは逆の手が、少女の細い腕へと伸びる。
太い傷と細い傷と、真新しい縫い跡へと指を触れさせて、

「………。」

「…今度は何もしないのかい?」

客人の声が、僅かに跳ねた。それはほんの些細な変化で、少女にも、そして本人にも気付けないぐらいの小さな音色は雨音に混ざって溶けた。

「……わたしは部品だから」

柔らかいベッドに半分程埋まりながら、小さな声が囁くように言葉を発する。雨音が部屋の中を満たす。言葉が途切れて、客人が何かを発しようと唇を開きかけるが、

「………部品は、だれかにつかわれるものだから」

見下ろす琥珀色の瞳が細まった。赤錆色の瞳がその様子に瞬いた。
開きかけた唇を一度閉じて、口端を上げる。そして、

「……実に愚かだ。」

客人の唇から毀れたのは蔑むような音ではなかった。
ただ、呟く様にそうやって落とすと、胸元を抑えていた手を少女の首元へとやる。細い首は片手で十分に回るぐらいであり、指先を少女の首元に回して力が込められて

「失礼しま…え、…きゃ、きゃあああああッ!」

客人の背中で悲鳴があがった。
客人が肩越しに振り向くと何時の間にか開いた扉と水差しを持った使用人の姿があり、

「誰か!誰かきてっ!」

悲鳴混じりの叫び声。
外の酷い雨は止みそうになかった。






六、

客人がダヌンツィオ家の所有物に手を出そうとした日の翌日の昼頃。
当主と、客人と、少女、そして二人の刻印が入った者達が別宅の応接室に居た。
座り心地の良いソファに、当主と客人は向かい合うように座っていた。当主は比較的険しい表情を作っており、逆に客人は温和な微笑みを浮かべていた。刻印が入った者達は淡白な表情で当主の左右を守っており、少女は部屋の隅に立たされていた。

「……客人、自分のした事はわかっているかね?」

「わかっているつもりですよ。」

先程から淡々と会話は続いている。その会話は同じような内容の繰り返しであり、当主は核心の言葉を濁していた。逆に客人は、悪びれる様子もなく軽い口調で返事をする。そんなことをもう一刻は続けていた。
やがて、深い溜息を吐き出して当主は額に指を触れさせた。

「……貴方のやったことは私の財産に傷をつける行為だ。おわかりか?」

「わかっています。」

慎重に言葉を選ぶ当主と比べ、客人は反射的にでもあるように肯定の語を述べ続ける。しかし、謝罪の言葉はこれまで一度も出ていない。

「……宜しくないことだ。…とても、……とても残念だが、今回のお話はなかった事にしていただこう。私は自分の家が大切だ。そして、自分の家に携わるものも大切だ。…わかるかな?」

「………。」

客人は暫し、黙す。視線を下へとやり、項垂れるようにしてから、口元に手を添えた。

「………く、……クク。
 よくもそんな事を仰るものだ、ダヌンツィオ侯爵。
 ご自身の行いを一度振り返ってみることをお奨めしますよ。」

その格好のまま、肩を震わせた。笑いを堪えるようにしながら言葉を発すれば、少々聞き取り辛いがそのような事を口にした。
当主が唇を開くよりも先に、控えた両方の刻印が入った者達が腰に手を遣った。その手には柄が握られていたが、当主が片手を上げるとその格好で留まった。

「……さて、何の話をしているのかがよくわからな」

「そんな事は如何でもいいんですよ。」

当主が発した言葉を遮りながら、客人は更に言葉を重ねる。深くソファへと腰掛け、足を組んだ。口元にやっていた手を膝へと落とし、顔を上げる。深く笑みを刻んだ表情で当主を見やり、

「お家騒動だか、権力争いだかは知りませんがそれは如何でもいいんです。
 商談もどうでもよくなりました。ダヌンツィオ侯爵、「あれ」を俺に譲渡しなさい。」

にこやかに微笑んだ表情のまま、客人は要求を口に出した。当主も、客人も、そして刻印が入った者達も、視線を向けることがなかったが、少女だけは、赤錆色の瞳を客人へと向けていた。
当主が言葉を発する度に怯えたように身を縮めるが、ぼんやりと笑う客人を眺めるようにして、指先と指先を胸の前で合わせていた。

「……それが君の利益になるとは思えないがね。」

「俺の利益は俺が決めます。譲渡しなさい。」

譲渡の希望を繰り返す客人に、当主はまた、深く溜息を吐いた。やがて、手を振ると、傍らの刻印が入った者が己の腰の短剣を引き抜き、当主に手渡す。

「……?」

「38、きなさい。」

数字をよぶ当主の声に落胆や、哀しみはなかった。同じように足を組んで、ソファにもたれる。そして、当主と客人とは対照的に数字に反応した少女は喘ぐように息を吐き出した。

「…は、い……。」

「この男を殺しなさい。」

傍らまで歩み寄った少女を一瞥することもなく、当主は淡々と言葉を発した。手の中の短剣を弄びながら、そして目の前の客人を眺めながら、そう発した。

「この男を殺しなさい、38。
 彼は君を欲しいと言っている、私にとってはとても面倒な存在だ。
 彼を消すか、彼の希望を自分で拒否をするか、選択肢は二つだ。
 しかしお前はわかっているね、私がどちらをして欲しいか。
 どちらをして欲しいかということぐらい、わかってくれていないと困るね。
 今後のお前の待遇がね。」

面倒くさそうに言葉を発する当主に、客人は僅かに眉を顰めた。
当主が発する言葉には、ダヌンツィオ家の人間でなければわからない示唆するような言葉が入っていた。客人自体はその意味を理解はできなかったが、その言葉が少女を怯えさせるだけの何かをもっていることまでは理解することができた。

「……そ、」

「わたし、はそっちにいかない、…です。」

口を開きかけた客人の言葉を完全に遮って、少女は言葉を発する。
それは、途切れてはいたが、決して消え入りそうになることはなく、そして、客人の言葉を待つこともなく、はっきりと客人に対する拒否の意を向けていた。

「しか」

「お引取り、いただこうか。」

低い、重い声が当主から漏れる。一言一言区切るように言えば、瞳を細める。

「残念におもうよ、客人。そして、
 ここはダヌンツィオの領域だ。管轄だ、箱庭だ。そして結界だ。
余計なことは考えるな。後ろを振り向くな。手を伸ばそうと思うな。
其れが傷付けるのは決して一人ではないということを覚えておきたまえ。
 ………私は割と君を気に入っていたのだよ。」

薄らと口端に笑みを浮かべる当主の横で、無表情な刻印の入った者と、頭を俯かせた格好の少女。少女の手は胸の前で合さり、ぎゅ、と握られて、唇を噛み締めているのが客人にもわかった。

「……。わかりました、お引取りします。」

客人は、する、と立ち上がった。当主は立ち上がる事はなく、見下ろす形で一時当主を見ると、す、と扉へ向かって足を進める。
迎えるように刻印が入った者によって扉が開けられれば、その体が扉を潜り、

「38、お前の行き先が決まったよ。
 期待に応えられないのなら仕方がないな、次は何処の痛みが良―――」


扉が閉まった。






七、

雨が強く降る。
三日滞在用の荷物を従者から受け取ると、入り口から馬車まで傘をさして貰い乗り込む。一度だけ玄関へと視線をやったが、其処には見送り用の従者が一人居るだけで、他には誰も居らず、そして誰かが出てくる事もなかった。
鞭を打つ音が雨音に混ざれば、余り心地のよくない震動が体を揺らす。
客人は荷物を椅子へと置くと、両の掌を顔へと触れる。顔を覆った格好のまま、暫し止まっていたが。


「く……ククッ、くはハッ、はははははッ――――!」


掌の中で上がったのは嗤い声。肩が揺れる。馬車が揺れる。
琥珀色の双眸が、指の隙間から在りもしない何かを睨みつけるのに、唇は深く笑みの形を模って、客人は嗤い続ける。
そして馬車は客人を乗せて雨の中を走っていった。






補足

一ヶ月後

 ダヌンツィオ家の首都から一番離れた別宅にて殺人事件が発生。
 屋敷内生存者、0。行方不明者、10。
 複数の行方不明者がでているが行方不明者が常日頃から結託していた事から行方不明者たちが共謀して殺人事件を起こした可能性が高いとされている。


五ヵ月後
 ダヌンツィオ家内にて行方不明者が相次ぐ。
 前当主補佐(現当主)の妻が遠方で病死と発表。


六ヶ月後
 当主が病死と発表。前当主補佐(現当主)が殺害したという噂がある。
 長男、ファルシファルが当主補佐になる。
 長男ファルシファルに短い白髪の少女が付き従うようになる。















十年後、
 ――――― そして、二人は巡り合う。
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